一人法人の給与計算ガイド

役員報酬の決め方から、社会保険料・源泉所得税・住民税の計算、年間スケジュールまで。社労士なしで給与計算を回している筆者の実体験をもとに解説。

この記事の筆者について

フリーランスのWebエンジニアから法人成りし、一人で株式会社を運営しています。税理士は契約していますが、社労士は契約せず、給与計算・社会保険の手続きはすべて自分で行っています。この記事は、法人設立後に「給与計算って何をすればいいの?」と途方に暮れた過去の自分に向けて書いています。

一人法人でも給与計算は必要?

結論から言うと、役員報酬を払っている限り、給与計算は必須です。

一人法人の場合、「社長 = 自分」なので「自分に給料を払って、自分で計算する」という奇妙な状況になります。従業員がいないから給与計算は不要だろう、と考えがちですが、それは誤解です。

なぜ一人法人で給与計算が必要なのか

  • 源泉徴収義務 — 法人は役員報酬から所得税を天引き(源泉徴収)して、税務署に納付する義務がある
  • 社会保険料の控除 — 健康保険料・厚生年金保険料の個人負担分を報酬から天引きする
  • 住民税の特別徴収 — 従業員(役員含む)の住民税を給与から天引きして市区町村に納付する
  • 年末調整 — 年末に所得税の精算を行い、源泉徴収票を発行する

つまり、一人法人であっても「会社としての自分」が「個人としての自分」に給与を支払い、各種税金・保険料を天引きして、それぞれの届出先に納付する必要があります。

ポイント

役員報酬を0円にしている場合は、給与計算は不要です。ただしその場合、社会保険(健康保険・厚生年金)に加入できず、国民健康保険と国民年金のままになります。法人成りのメリットの一つである「厚生年金の上乗せ」が得られなくなるため、多くの一人法人では何らかの報酬を設定しています。

役員報酬の決め方

給与計算の前に、まず「役員報酬をいくらにするか」を決める必要があります。これは一人法人において最も重要な意思決定の一つです。

定期同額給与の原則

法人税法上、役員報酬を経費(損金)にするには「定期同額給与」のルールを守る必要があります。

  • 毎月同じ金額を支払うこと
  • 金額を変更できるのは期首から3ヶ月以内のみ(通常は定時株主総会で決議)
  • 期中に変更すると、変更前後の差額が損金不算入(経費にならない)になるリスク

一人法人の場合、株主総会の議事録は自分で作成します。形式的ですが、必ず残しておきましょう。税務調査で確認されることがあります。

報酬額の決め方のポイント

役員報酬の額を決めるときに考慮すべきポイントは以下の通りです。

  1. 法人税と所得税のバランス — 報酬を上げすぎると所得税が高くなり、下げすぎると法人税が高くなる。税理士と相談して最適なラインを見つける
  2. 社会保険料の負担 — 報酬が上がれば社保料も上がる。一人法人では会社負担分も自分の出費なので「報酬 + 会社負担社保料」の合計で考える
  3. 生活費の確保 — 手取りで生活できる金額か。社保料・税金を引いた後の金額を確認
  4. 将来の年金額 — 厚生年金の受給額は標準報酬月額に連動する。極端に低くすると将来の年金も少なくなる

役員報酬額の決め方で悩んだ話

設立初年度、税理士に「報酬はいくらにしますか?」と聞かれ、全く答えられませんでした。法人の売上見込み、個人の生活費、社会保険料、所得税、法人税…考慮すべき変数が多すぎて頭がパンクしました。最終的には税理士と一緒に3パターン(20万・30万・40万)のシミュレーションを作り、社保料と税金の合計負担が最も小さい金額を選びました。初年度は低めに設定して、翌期に上げる方が安全です。期首3ヶ月以内なら変更できるので。

役員報酬の手取り額をシミュレーション → 手取り計算シミュレーターで社保料・税金を引いた手取りを即計算できます。

毎月の給与計算の流れ

一人法人の毎月の給与計算は、以下の手順で進めます。

1

額面(役員報酬)を確認

定期同額給与なので毎月同じ額です。例:月額400,000円

2

健康保険料(個人負担分)を控除

標準報酬月額に基づいて決まります。協会けんぽの場合、都道府県ごとの保険料率を使用。介護保険(40歳以上65歳未満)に該当する場合は介護保険料も加算。

3

厚生年金保険料(個人負担分)を控除

標準報酬月額に基づいて決まります。全国一律の保険料率(18.3%の半分 = 9.15%)。

4

源泉所得税を控除

社会保険料を引いた後の金額で、源泉徴収税額表(月額表)の甲欄を参照。扶養人数に応じた金額を天引き。

5

住民税(特別徴収分)を控除

前年の所得に基づいて市区町村から通知された金額。毎年6月に届く「特別徴収税額決定通知書」に12ヶ月分が記載。

6

手取り額を計算・振込

額面 − 健保料 − 厚年料 − (介護保険料) − 所得税 − 住民税 = 手取り。法人口座から個人口座へ振り込み。

具体的な計算例(月額40万円の場合)

役員報酬40万円/月、東京都、40歳未満、扶養なしの場合:

項目 金額 備考
役員報酬(額面) 400,000円
健康保険料(個人負担) −19,920円 標準報酬月額41万円・料率9.98%の半分
厚生年金保険料(個人負担) −37,515円 標準報酬月額41万円・料率18.3%の半分
源泉所得税 −8,420円 社保控除後の金額で月額表を参照
住民税(特別徴収) −約17,000円 前年所得ベース(市区町村により異なる)
手取り額 約317,145円

額面40万円に対して手取りは約31.7万円。約20%が天引きされます。さらに法人側では会社負担の社保料(約57,435円)もかかるため、法人から見た実質的な人件費は約457,435円です。

あなたの報酬額で手取りを計算 → 手取り計算シミュレーター

社会保険料の計算方法

一人法人の給与計算で最もわかりにくいのが社会保険料です。ここを正確に理解しましょう。

標準報酬月額の仕組み

社会保険料は「実際の報酬額」ではなく、「標準報酬月額」という区切りの良い金額に当てはめて計算します。

  • 健康保険: 1等級(58,000円)〜 50等級(1,390,000円)
  • 厚生年金: 1等級(88,000円)〜 32等級(650,000円)
  • 報酬が等級の範囲内であれば、同じ保険料になる

例えば、役員報酬が39.5万円でも40.5万円でも、標準報酬月額は同じ「41万円」(健保の場合)になり、保険料は同額です。

保険料率(2026年度・協会けんぽの場合)

保険種別 保険料率 会社負担 個人負担
健康保険 約9.98%(東京都) 半額 半額
介護保険(40〜64歳) 約1.60% 半額 半額
厚生年金 18.300% 半額(9.15%) 半額(9.15%)

健康保険料率は都道府県ごとに異なります。毎年3月に改定されるので、協会けんぽのWebサイトで最新の料率表を確認してください。

一人法人特有の「二重負担」

一般的な会社員の場合、社会保険料は会社と折半です。しかし一人法人の場合、会社負担分も個人負担分も、結局は自分の財布から出ることになります。

標準報酬月額 個人負担/月 会社負担/月 合計(実質負担)/月 年間合計
20万円 約29,000円 約29,000円 約58,000円 約70万円
30万円 約43,000円 約43,000円 約86,000円 約103万円
41万円 約58,000円 約58,000円 約116,000円 約139万円
50万円 約71,000円 約71,000円 約142,000円 約170万円

社会保険料の「二重負担」に驚いた話

法人を設立して最初の給与計算をしたとき、社保料の合計額を見て絶句しました。役員報酬30万円の場合、個人負担と会社負担の合計で月8.6万円、年間100万円超。フリーランス時代の国保+国民年金(年間約50〜60万円)と比べて、ほぼ倍です。もちろん厚生年金で将来の受給額は増えますが、キャッシュフローへのインパクトは事前に把握しておくべきでした。報酬額を決めるときは、必ず「会社負担社保料」も含めたトータルコストで考えてください。

標準報酬月額が変わるタイミング

一人法人で定期同額給与を支払っている場合、標準報酬月額が変わるのは以下のタイミングです。

  • 算定基礎届(定時決定) — 毎年7月に届出。4〜6月の報酬をもとに9月から新しい標準報酬月額が適用される
  • 月額変更届(随時改定) — 役員報酬を変更した場合に届出。変更後3ヶ月間の平均で2等級以上の差がある場合に改定
  • 資格取得時 — 入社(法人設立)時の届出で最初の標準報酬月額が決まる

一人法人で毎年同じ報酬額の場合、算定基礎届を出しても標準報酬月額は変わりません。ただし届出自体は毎年必要です。

源泉所得税の計算

役員報酬から社会保険料を差し引いた後の金額に対して、源泉所得税を天引きします。

甲欄と乙欄

源泉徴収税額表には「甲欄」と「乙欄」がありますが、一人法人で自分に「扶養控除等申告書」を提出している場合は甲欄を使います(通常はこちら)。

  • 甲欄 — 扶養控除等申告書を提出した主たる給与に適用。税額が低い
  • 乙欄 — 他に主たる給与がある場合に適用。税額が高い

一人法人の社長が自社からのみ報酬を受け取る場合は、甲欄です。副業で他の法人からも報酬を得ている場合は、主たる方を甲欄、従たる方を乙欄にします。

月額表の使い方

源泉徴収税額の計算手順:

  1. 役員報酬(額面)から社会保険料(個人負担分)を引く → 「社会保険料控除後の給与」
  2. 国税庁の「源泉徴収税額表(月額表)」を開く
  3. 「社会保険料控除後の給与」と「扶養人数」の交差するセルの金額が、その月の源泉所得税

例えば、額面40万円から社保料57,435円を引くと342,565円。扶養0人で月額表の甲欄を見ると、源泉所得税は約8,420円です。

源泉徴収税額をすぐに計算 → 源泉徴収税 計算ツールで月額表を参照せずに即計算できます。

納期の特例(年2回納付)

通常、源泉所得税は翌月10日までに納付する必要がありますが、給与の支給人数が常時10人未満の場合、「納期の特例」を申請できます。一人法人は当然該当します。

  • 1月〜6月分 → 7月10日までに納付
  • 7月〜12月分 → 翌年1月20日までに納付

これにより、毎月の納付作業が年2回になります。一人法人なら必ず申請しましょう。

ポイント

「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」は、法人設立時の届出と一緒に税務署に提出するのがベストです。後から出しても良いですが、承認が下りるまでは毎月納付が必要になります。

年末調整

毎月の源泉徴収はあくまで「概算」で天引きしています。年末に正確な年税額を計算して、過不足を精算するのが年末調整です。

一人法人でも年末調整は必要です。自分一人分だけですが、以下の書類を作成・提出します。

  • 扶養控除等(異動)申告書
  • 基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書
  • 保険料控除申告書(生命保険、iDeCoなどがある場合)
  • 源泉徴収票の作成

住民税の特別徴収

住民税の徴収方法には「特別徴収」(給与天引き)と「普通徴収」(自分で納付)がありますが、法人の役員・従業員は原則として特別徴収です。

一人法人でも特別徴収が原則

「一人法人だから自分で払いたい」と思うかもしれませんが、近年は各自治体が特別徴収の徹底を進めています。普通徴収への切替えが認められるのは、以下のような限定的なケースのみです。

  • 退職者・休職者
  • 給与が少額で特別徴収しきれない
  • 給与の支払いが不定期

一人法人で定期同額給与を払っている場合は、基本的に普通徴収への切替えは認められません。

特別徴収の流れ

  1. 1月: 法人が市区町村に「給与支払報告書」を提出
  2. 5月頃: 市区町村から「特別徴収税額決定通知書」が届く(6月〜翌5月の12回分の金額が記載)
  3. 毎月: 通知書に記載された金額を給与から天引き
  4. 翌月10日まで: 天引きした住民税を市区町村に納付

ポイント

住民税にも「納期の特例」があります。給与の支給人数が常時10人未満の法人は、年2回(6月分〜11月分を12月10日まで、12月分〜5月分を6月10日まで)にまとめて納付できます。市区町村に申請書を提出しましょう。源泉所得税の納期の特例とは別の手続きです。

年間スケジュール

一人法人の給与計算に関連する年間スケジュールをまとめました。納期の特例を適用している前提で記載しています。

時期 やること 届出先 備考
毎月 給与計算・振込 定期同額給与の支払い
1月20日 源泉所得税の納付(7〜12月分) 税務署 納期の特例。e-Taxで納付可
1月31日 法定調書の提出 税務署 支払調書・源泉徴収票等法定調書合計表
1月31日 給与支払報告書の提出 市区町村 eLTAXで電子提出可
5〜6月 住民税の特別徴収税額通知書が届く 6月〜翌5月分の住民税額を確認
6月 住民税額の切り替え 新年度の住民税額で天引き開始
7月1日〜10日 算定基礎届の提出 年金事務所 4〜6月の報酬をもとに届出
7月10日 源泉所得税の納付(1〜6月分) 税務署 納期の特例。e-Taxで納付可
7月10日 住民税の納付(12〜5月分)※特例 市区町村 住民税の納期の特例適用時
9月 標準報酬月額の改定(反映) 算定基礎届の結果で9月から適用
11〜12月 年末調整 12月の給与で精算。源泉徴収票の作成
12月10日 住民税の納付(6〜11月分)※特例 市区町村 住民税の納期の特例適用時

社労士なしで年間スケジュールを回している話

最初の1年は「次に何をやればいいのか」が分からず、常に不安でした。Googleカレンダーに年間の届出期限をすべて登録し、2週間前にリマインダーが鳴るようにしたところ、2年目からはスムーズに回せるようになりました。正直、一人法人で従業員なしなら、年に数回の届出だけ。社労士に月額費用を払うより、自分でカレンダー管理する方がコスパは圧倒的に良いです。ただし最初の1年は不安なので、年金事務所の窓口相談を積極的に活用しました。

社労士なしでやるコツ

筆者は社労士を契約せずに3年以上、一人法人の給与計算と社会保険手続きを自分で行っています。そのコツを共有します。

1. 年金事務所の窓口を活用する

年金事務所の窓口では、無料で手続きの方法を教えてもらえます。算定基礎届の書き方が分からなければ、窓口に行って「これで合っていますか?」と聞けば丁寧に教えてくれます。電話相談もできますが、窓口の方が書類をその場で確認してもらえるのでおすすめです。

2. e-Tax・eLTAXを使いこなす

税務署や市区町村への届出は、電子申告で大幅に効率化できます。

  • e-Tax — 源泉所得税の納付(ダイレクト納付が便利)、法定調書の提出
  • eLTAX — 給与支払報告書の提出、住民税の特別徴収関連

初期設定はやや面倒ですが、一度設定すれば毎回の手続きが自宅から数分で終わります。

3. クラウド人事労務ソフトを使う

給与計算自体は、freee人事労務マネーフォワードクラウド給与を使うと自動計算してくれます。

  • 社会保険料の計算を自動化(料率改定にも自動対応)
  • 源泉所得税の自動計算
  • 給与明細の作成
  • 年末調整の計算
  • 法定調書の作成

一人法人なら月額2,000〜3,000円程度。社労士の月額費用(1〜3万円)と比べれば圧倒的に安く、しかも計算ミスのリスクが大幅に減ります。

4. 税理士との連携が重要

社労士は契約していなくても、税理士は契約しておくべきです。源泉所得税の計算、年末調整、法定調書の作成は税務の領域で、税理士がカバーしてくれます。給与計算の結果を税理士に共有しておけば、確定申告(法人税申告)との整合性もチェックしてもらえます。

5. 最初の1年は「確認しながら」進める

いきなり完璧にやろうとせず、毎回「これで合っていますか?」と確認する姿勢が大切です。年金事務所、税務署、市区町村の窓口は、聞けば丁寧に教えてくれます。2年目からは同じ作業の繰り返しなので、格段に楽になります。

ポイント

給与計算ソフトを使っても、社会保険の届出(算定基礎届・月額変更届など)は自分で行う必要があります。届出書の作成は人事労務ソフトが対応していることが多いですが、年金事務所への提出は自分で行います。電子申請(GビズID)を使えば、窓口に行かずにオンラインで届出できます。

よくある質問

Q. 一人法人で給与計算ソフトは必要ですか?

必須ではありませんが、強くおすすめします。社会保険料率は毎年改定され、源泉所得税の計算も月額表の参照が必要です。freee人事労務やマネーフォワードクラウド給与なら月額2,000〜3,000円で、計算ミスを防ぎつつ年末調整や法定調書の作成まで対応できます。一人法人でも十分元が取れます。

Q. 役員報酬を途中で変更できますか?

原則として、役員報酬の変更は事業年度開始から3ヶ月以内に限られます(定期同額給与のルール)。期中に変更すると、変更前後の差額分が法人の経費として認められなくなる可能性があります。ただし、経営状況の著しい悪化など「やむを得ない事情」がある場合は例外です。変更する際は必ず株主総会議事録を作成してください。

Q. 賞与(ボーナス)は出せますか?

出せますが、「事前確定届出給与」として事前に税務署に届け出る必要があります。届出には支給日と金額を正確に記載し、届出どおりに支給しなければ全額が損金不算入になります。一人法人では手続きの手間に対するメリットが小さいため、賞与を出さずに毎月の役員報酬で調整するケースが多いです。

Q. 給与の支払日はいつにすべきですか?

法的な決まりはありませんが、毎月25日や月末に設定する法人が多いです。一人法人では自分の都合で決められますが、一度決めたら毎月同じ日に支払うようにしましょう。社会保険料や源泉所得税の納付タイミングとの兼ね合いも考慮してください。

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